2009年6月 3日

最初期の人間動物園

欧米社会における最初の動物園は、メキシコのモンテスマのもので、動物だけではなく、小人症、アルビノ、脊柱側湾症といった身体障害者も展示していた。例えば1835年2月25日、P.T.バーナムは、161歳と謳い黒人奴隷のジョイス・ヘス、チャンとエンというシャム双生児を展示した。こういった展示会は奇形によるショーが主だったが、人間に対する好奇心は、歴史は植民地主義と同じくらい歴史がある。例えばクリストファー・コロンブスは1493年、新世界の西インド諸島からスペインの法廷に原住民のアメリカ人(後に「インディオ」、「インディアン」と呼ばれるようになった)を連れていった。他にも1815年に死ぬまでロンドンとフランスで展示されたホッテントットのヴィーナスとして知られるサールタイ・バートマンや、ウルグアイのチャルーア人の絶滅に当たって、ウルグアイ政府当局とフランス人の手によってフランスに連行され、見世物にされた末に餓死した最後の族長バイマカ・ペルーも有名である。1850年代、メキシコから連れてこられた2人の小頭症の子供MaximoとBartolaは「アステカ族の子供」と「アステカ族リリパットの住民」として、米国とヨーロッパに展示された。

しかし人間の動物園は1870年代に新植民地主義の中で一般的になった。

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1870年代から第二次世界大戦まで
遠い異国の民族の展示は1870年代に様々な国で人気を集めた。ハンブルク、アントワープ、バルセロナ、ロンドン、ミラノ、ニューヨーク、およびワルシャワの各地に人間動物園があり、20万人から30万人の観客を集めた。野生動物商で、のちにヨーロッパで多くの動物園を開業したカール・ハーゲンベックは、1874年に「完全に自然のままの」民族としてサモア人とサーミ人を展示することにした。 1876年には、彼は協力者をエジプト領スーダンに送り、野生動物とヌビア人を連れ戻らせている。 ヌビア人の展示はヨーロッパで非常に成功し、パリ、ロンドン、ベルリンを巡業した。 また、彼は業者をラブラドールに派遣し、ホープデイルで多くの"Esquimaux"(イヌイット)を手に入れた。このイヌイットは彼が開園したハンブルクのハーゲンベック動物園に展示された。

1877年、ブローニュの森のジャルダン・ダクリマタシオンの学芸員アルベルト・ジョフロア・ド・サンヒレアは、ヌビア人とイヌイットを紹介した二つの民族学的な展示をすると決めた。結果年間訪問者数は100万まで倍増した。また1877年と1912年の間には、約30回の民族学的な催しがジャルダン・ダクリマタシオンで行われた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
人間動物園ってちょっとひどいですよね。